オリソニ小説〜永久の月光花No.14
第三十四章〜魂〜
目を覚ますとまだ夜が明けたばかりだった。もちろん此処は廃都だから時計なんてとっくの昔に壊れている訳で、ずっと八時のままだった。
スパーク達二人は、何時まで起きてたか分からないけどまだ眠りから覚める気配はなかった。
サファリは普通に寝てるけど、 スパークはベッドから転げ落ちてる。
せっかくだから散策して回ろうと思い立って、教会をでた。石畳の地面、白塗りの壁。この国は清いとでも言うかのように白が多かった。此処は思えば宗教都だ。霊がいたりするのであろうか。
そして、都のはずれの家までたどり着く、せっかくだから入ってみた。此処は被害はそれほど大きくはなかったようで、家具が倒れていたりしているだけだった。
床は歩くたびにミシ・・・ミシ・・・と音を立てるがそんなに痛んでいる様子ではなかった。
キミ、久しぶりだね。いつ以来だっけ?
「だれ?」
声が聞こえた先には、白い靄(もや)のかかった少年がいた。年齢は僕と同じくらいでちょっと幼かった。
僕だよ、覚えてないの?ラネリウス王子。
「僕、ラネリウスって人じゃないよ。」
そうなんだ。じゃあキミはだぁれ?
「僕はシャオンって言うんだ。君は?」
僕は・・・誰だろう。僕ね、覚えてないの、自分の名前だけ。僕ね、死んじゃったの、君くらいの時、肉体を奪われて。
そう言って彼は僕の体をすり抜けて悲しげに微笑む。
僕は凄い役職の人だったの。僕よりもっと凄い人と同職についていたんだ。でもね、ある時糸が切れたようにその僕は消えちゃった。別の僕になっちゃった。止めたくても止められないんだ。肉体が無いからさ。
そう言って外を見る。
それに僕、地縛霊って奴になっちゃったみたいでさ、このお家からでられないんだよね。別にここで殺された訳じゃないんだけど。・・多分
「じゃあ君は覚えてないんだ。自分の事、何も」
うん、君のようにせめて、名前だけでも覚えていれば良かったよシャオン君。
「なんでわかったの」
きっと君も、本当の君を知っている人から見たら別人なんだよ君も。僕はどこかで君に会った気がするんだけど・・・気のせいだと思うけどね。
少年はクスリと笑った。
ちょっとすっきりしたよ。多分僕は、キミを知ってるんだ。覚えてないけど。それにしてもキミ、かなりの魔力を秘めてるみたいだけど、もしかしてアファレイドの出身?
「アファレイド?」
確か、前の声の人もそこで会おうって言ってたっけ。
そこら辺は覚えてないの?アファレイド魔道王国、この大陸で唯一本格的に魔術を習える王国。魔法で栄えている国なんだけどね。水産業が盛んで、他国との貿易の入り口でもあるんだ。
「ふーん、よくわからないけど凄い国なんだね」
この世界は歪んでしまった。
少年は何かを救うような仕草をした、しかしその手の中には何も無い
ゆがみを正すにはゆがみの根源を絶たねばならない。遥か昔、その国ができる前。名前でしか残っていない或る国のこと。
でもね、元の歪みを正せば今の歪みも正せるけど、今の歴史もがらっと変わってしまうと思うの。
守護者は生まれない。それによって悲しむ者も、今対立してる人々も変わってしまう。君達の関係も、それによって生まれない者も生まれる。
「生まれないの・・?だれが?」
色んな人が。君達がかかわってきた人の中からも何人もの人々が消えるだろうね。細かくは言えないのさ。根源を絶てば、君達の過去も初期化されるし、今の記憶なんて泡のように割れて消えちゃうさ。
「つまり、元を断つ事によって、いまいきてる大半の人の人生が変わるの?」
どうだろうね。僕は確信を持って言っているわけじゃない。何年も、汚れたいきものの争いを見てきたからだよ。
それが僕の、最後の結論。
そう言うと少年はスッと消えてった。
特に何があるわけでもない古びた古民家、窓から朝日が差し込んでいて、とても暖かい。
君の意図に何があるのかは僕には何一つ分からない。消えた彼は天にでも召されたのだろうか・・・。
僕はその暖かい光に導かれるかのように、大通りであっただろう通りに歩みを進めた。
「悪かったな、いきなり押し掛けて。」
そう言って微笑み彼奴はフードを外す。久しぶりに見たが、相変わらずの童顔で、変わった所は無いように見えた。見るからに掘建て小屋の我が家は、中に寝るためのベッドと、小さなローテーブルが一つと戸棚、キッチンは長年使ってないため、埃をかぶっている。
「別に良いんだ。来客が訪れることの方が珍しいからな。」
「座れ」そう言い、そっとテーブルに薄く張った埃の膜を払ってイスを引き、座るよう促した。手に持っていたカンテラの炎が室内を照らし出した。
「また汚くなったんじゃないのか?ここ、前来たときよりも更に汚れてるけど。」
「一応活動している所はこまめに掃除している。お前が最後に来たのは何時だ。」
「えーっと、三十年くらい前?」
「もうそんなに経つのか。」
自分にとって、1年は感覚的に一ヶ月くらいに感じる。それくらい長い間ここに居座ってると言うことだ。
「くしゅ・・・あんた、よくこんな所にずっといられるよな。しかも一人で。」
「悪かったな、一人だと暖めなくてもいい身なのでな。今暖房を点ける。」
言いつつ今にも凍えてしまいそうな彼にミルクティーをだす。
「砂糖、いるか?」
「三つ」
甘くないか?と思ったが角砂糖を三つ入れた。
別に自分は、食べなくても生きて行ける体だから、特に食べるものを置いてなかったことに今になって後悔した。せめて出せるものと言ったら、寒いこの地域でも保存の利く漬け物だけだ。言った所で彼は「合わないからいいって。」と言ってせっかく出した漬け物をまた戻す羽目になるだろうから
「用は何だ。」
「用がなくちゃ、来ちゃ駄目かよ。」
そう言って不服そうに此方を向く。
「そんな事は無いが・・・ちょっと待ってろ」
とりあえず部屋を暖めなくては、そう思い、奥の電源室に入った。こんな雪山の奥なんざ人なんか滅多に訪れることは無い。勿論電気なんか通るわけ無いので、発電機を置いてある。まずはそれを使わなくては家の電源は付かない。先ほどから言っている通り、普段は一人のため電気は点けない。別に不便は無いからな。
「あ、それ俺があげた奴じゃん。」
「待っていろと言っただろうが」
「別にいいだろ?待ってろって、あんたが明かり持ってったから真っ暗だし。こうなんかさ、普段目隠しして生きてるようなもんだからさ、こんな人里離れたとこに来た時くらいいいだろ?羽を伸ばしたってさ」
「魔法は使うなよ」
「分かってるって、気配察知されたらことだからな」
俺が許可したと思ったら彼奴は鼻歌を歌いながら奥の電子板の方に寄って行った。
「なぁなぁ、これなんだ?俺が前来た時には無かったよな?」
「あぁ、それは監視画面って奴らしい、ウォイスがつい最近持ってきた。・・・・弄るなよ」
俺もまだ使い方がよく分かってないんだ。などと言えるわけが無いが。
「わかってるって、これって、あんたん家の前とか、里周辺の様子・・・?カメラで写してるのか・・・。ウォイスも近代的なものを持ってきたんだなー。」
そう言い珍しいとでも言うかのように画面をつつく。意外とアナログなのかもしれないな、こいつは・・・俺も人のことを言えないが
「まぁ、来たのは本当に二三日前だ。」
「それにしちゃ部屋が埃だらけだったよな」
「・・・・留守中に瞬間移動で置いて行ったんだ。手紙だけ残して」
「ふーん、で、肝心の説明書を置いてってくれなかったから使い方がまだ分かってないのか!」
「悪かったな!あと、読心術は使うな、気味がが悪い。」
「はーい」
そう言って彼奴はテーブルの方へと踵を返した。
俺も、発電機の紐を引っ張り、電気を起こした後、そこを出た。
「あ、暖かいの来た来た。電気も点いたし!やっぱこうだよな、ログハウスってのは」
「子供か」
「こどもじゃない。」そう言って膨れるそいつの正面に俺も腰掛けた。戸棚から取ってきた漬け物を片手にもって。・・・やっぱり子供だ。
「ちょうどいいからお前に渡す。」
そう言って袋に入れた鈍く光り輝くそれを渡す。彼奴は中身を確認して内心びっくりしたように俺に聞き返す。
「いいのか?俺に預けて、もしもの事があったら・・」
「そこはいいとはいえないが、各地で異変が起こり始めたそうだ。それくらいはお前も察しているだろう?」
「それは俺が行った町でもそんな事を耳にしていたけど。」
「最近、闇の住人どもが麓(ふもと)の集落で彷徨いてるそうだ。エメラルドの位置がばれれば、それを求めて幹部もこちらへ向かうだろう。」
「だから俺にそれを渡すのか?」
「いつでも良いんだ、お前は近いうちに遠方へ旅立つそうだが、それまでの間・・・しばらくは港町で宿泊しているのだろう?」
「ん、まぁな。この時期は天候が安定しないし、潮の流れが問題で、アファレイド側から出ると、かなりの回り道になるし、潮の流れで事故も増えてるそうだからな。北の港町から出る。」
魔法は使えない。察知されると危険だからだ。
「ここが襲われたらまず魔法が使えない俺のエメラルドが奪われることは確実だ。ならば、先にお前みたいな奴に渡しておくことが懸命だと思ってな。」
「じゃあ、俺はどうすれば良いんだよ、アンタん所に選ばれし者がもう向かってきてんだろ?」
「そっちは俺がどうにかする、だからお前は、あいつらが来るまでの間、港町に潜伏していてくれ。」
「なんか潜伏って、どっかの映画みたいだよな!」
「もう既にお前はずっとそんな生活だろうが」
「まぁな」
「くれぐれも、住人には見つかるなよ、後が怖い・・・」
「分かってるって」
そう言ってミルクティーを一気に煽った。カチャン、と小気味いい音が辺りに響いた。
*********間*******
「スパークー朝よー」
と言うサファリの如何にも棒読みですよーと発言しているような目覚ましコールと頭の鈍い痛みで目が覚めた。
「って―・・・ん―・・・なんだよ。・・・・・あれ・・・シャオンは?」
「知らないわよ、目が覚めたらもういなかったもの」
サファリが指差したシャオンがいた場所にはタオルケットが綺麗にたたまれており、その脇に鞄がおいてあった。
「ふーん、ってかお前、俺のこと殴っただろ。」
「殴ってないわよ。眠気覚ましの運動にキャンパス地面に叩き付けてたのよ。」
「それが地面じゃなくって俺の頭だったんだろうが」
「ばれた?」
そう言って照れ笑いする。
「ばれた?じゃねぇよ・・・。包帯とかねぇかクロースに聞いてくるわ・・・」
「そんな大げさな・・・・・あ」
「これが大袈裟じゃねぇって言い切れんのかよ。」
そう言って手袋に付いた血を見せる。
「どんだけお前強く殴ったんだよ。キャンパスの角でやったのかよ・・・」
「そういえば、一回だけガコンって木枠で・・・」
「本当だったのかよ・・・。」
「それでキャンバス壊れちゃったから。ほら」
そう言って壊れたキャンバスだったであろうものを持ち上げる。どうやら絵は外したようだ。
「起きたか。・・・おきてなかったら蹴り起こそうかと思ったぞ」
「「・・・・アッシュ」」
扉を開けて入って来たアッシュは、林檎を両手に持っていて、殆ど前が見えない状態だった。アッシュは入ると素早く足で扉を閉めた。行儀が悪いが・・・。
よいしょと言い一番近くにあったベッドにその山をぶちまける。そのまま自分もベッドに座り込み、一息つく。
「悪いな。ここには厨房ってもんがないんだ。悪いが各自好きなだけ食って・・・って、シャオンは。」
そう言って再び立ち上がり周りを見回すがいないと見えたら再び座り込んだ。
「あんたもシャオンの行方知らねぇのか?」
「知らない。第一俺は朝山でこれ採ってた。」
そう言ってうしろに転がっている林檎達を指差す。この様子だとかなり疲れているようだ。若干足元がふらついていた。
「捜して来い。仲間なんだろう。」
そう言って仰向けに寝転がって目を閉じる。
「じゃあ探しに行くか。」
そう言って立ち上がる俺に制止をかけてサファリは
「まって、鞄に林檎入れていきましょうよ。ほら、スパークも」
そう言ってシャオンが持っていた鞄の中に林檎を詰めていく。
「はいはい。」
と言うわけで、二人して林檎を鞄に詰めて、アッシュの分を二つだけのこしてアッシュに声をかけたら案の定彼は爆睡していた。
「寝てるのかよ。」
「いいじゃない、そっとしておきましょ」
そう言ってサファリは俺の前を通り過ぎて扉から出て行った。俺も逸れないように後をついて行った。
*********間*******
待ってるの、僕はただ待ってるの。
君のために待ってるの。
帰ってくるのをいつも待ってるの。
高い所でね、いつも変わらないお空を眺めてね。
いつもと変わらぬ静寂の中で。
君がいた町を見つめて待ってるの。
君は来ないの。でもまつの、僕は待つの。
お家が壊れたって、国が滅びたって、僕はそこで待つの。
ずっとまつの、君が帰ってくるのを。
帰る所が無くなった君を待つの。ずっと・・・ずっと・・・・
僕が絶対に、おかえりって言ってやるんだ。
だからさ、必ず帰ってきてよ・・・・。
「・・・!」
気がつけばそこは彼等が寝ていたベッドの一つだった。
「ッ・・・・」
体を起こすと首と腰に鈍い痛みがあった。そこで初めて寝違えたのだと思った。
「・・・・・ずいぶん懐かしい夢を見た・・・・」
ベッドに手をつき起き上がると、足元に林檎が一つ落ちていた。別にみんな持っていってもよかったのにな。そう思い拾い上げて窓の方へ寄る。時間的に見て太陽の位置があまり変わっていないことから一時間弱しか寝ていないだろう。俺は慣れた手付きでブーツを履き直し、少々乱れた毛並みを整えてその場を後にした。
扉を閉めると共に、何か物が落ちた音が部屋一面に響いた。
************************
「エノ、ナット貸して、あとスパナ」
「はい分かりました。電子メモリのコピー、完了致しております。」
さすが、それも貸してよ。そう言って差し出された左手にまず、先ほどのナットとスパナをのせる。
「にしてもよく錆び付いて壊れかけてるメモリから以前のデータを読み取ることができたね。」
口にナットを咥え、慣れた手付きでボルトを締めながら聞く。普段からは想像ができない程に楽しそうで、嬉々しているように思えた。
「Dr.に作っていただいたのです、このような単純なメモリデータも読めないようなら私はこのデータを初期化しますよ。」
「そんな事言わないでよ、君に助けてもらってる僕の身になってくれないかな」
「すみません。」
別に構わないんですけどね。そう言って溶接を始める。辺りに火花が飛び散り、私はその明るさに目を細めた。
「よし、あとはこれで、君のバックアップしてくれたメモリを読み込めば大丈夫だと思うけど。」
そう言って額に浮かべた汗を拭い、メモリを貸して、と左手を伸ばしてきた。それにしても、設計図を見ずによくできるなと思った。彼の才能なのだとは思っていたが・・・・
「Dr.正直、いやな予感がしてなりません、メモリのバックアップの途中で不吉なデータが出てきました。彼が人を殺すためのデータ、自我に宿った悪い意識が・・・・それでもやりますか。」
そうだ、彼がこんなボロボロになる前に何をしていたのが何となくだが予想がついた。紅月の配下だったのだろう。私でも目を瞑りたくなるようないやな情報ばかりが入っていた。殺すためのリスト、殺した人物のリスト、その中に私のよく知るある人物の名も入っていた。
「大丈夫だよ、僕ががんばって書き直しもやってみるから、さ」
さ、かして。そう言って再び伸ばされた手に、私は渋々メモリを渡した。
「動かすからね。」
そう言ってメモリを差し込んだ瞬間、爆音が響いた。
衝撃でDr.が飛んで、私は彼をギリギリの所で受け止め私が下敷きになる。
「ガナール・ザ・イプシオン・・・」
ピピピピ・・・・ピピッピピピ・・・
モールス信号のような高音が響くとともに、如何にも機械的な声が、研究室を包みこんだ。
「コロス・・・・・・アイツヲコロス・・・・」
そう言いながら、私の方に歩み寄ってきた。Dr.は衝撃で気絶していた。私は今更ながら、感情の部分を消しておくべきだったと後悔したが今更遅い。
「お前は誰だ。」
「俺はティルト、お前は誰だ。紅月様に刃向かう物ならばこの手で殺さねばならぬ、この手で・・・・コノテデ・・・コノテデ・・・・」
ティルトと名乗った彼は、まだ不安定なようで、時々声帯がおかしくなるようだった。服装はメイドさんのように可愛らしいが、声から見て男性だ。
そして、「倒さねばならないな・・・」そんな気がした。それほどまでに危うい、このままでは宮廷内が大騒ぎになるであろうと私は思った。
「手合せを申し込む、この宮廷内を荒らすのであれば、この国の衛兵を指揮している私を倒してから荒らすがよい。この国の平和は私が守るのだ。」
「ガナール・ザ・イプシオンは何処だ・・・・俺の獲物は彼奴だけだ。でも彼奴を庇うと言うのであれば話は別だ。その件、受けて立とうではないか。」
その瞬間、彼の目つきが変わった。私が最も恐れる・・・・・殺戮の目に・・・
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