図書館 2/2
「お体の具合はいかがですか、リーヤさん。」
「大丈夫ですよ。いつもすみませんねぇ、本を持って来てくださって。」
「いえ、昔は私が貴方にお世話になりましたので、これ位は。」
そう言って、彼女の差し出した本を受け取り、別の本を差し出す。
「この本でよろしいでしょうか。題名はこれでいいのですよね」
「ありがとうございます。私も動けなくなってしまっては寿命が近いのでしょうかねぇ。」
「縁起でもないことを言わないでください。貴方には長生きしていただかなければ困ります。」
そう言ってもらえるだけでも嬉しいですよ。そう言って彼女は笑った。
「また三日後に、よろしくお願いします。」
「はい。」
私は、週に二回程、このリーヤさんという方の元へ本を届ける事が日課になってます。特に理由はないのですが、私が昔お世話になってた方ですし、図書館の常連さんでもあったので、それもあって私が足を運んで届けています。
「明日はこの本を書庫にもどさなくては行けませんね。」
片手に回収した本を抱え、帰路へついた。
そう言えば今日はウォイスと約束がありましたね。気がついたのは、自宅に着いてからでした。仕方ないので、本をテーブルに置き、夕食の下ごしらえをして再び家をでました。
もう町にはランプが灯り始めており、空は真っ暗だった。私はこの幻想的な風景が好きです。理由は分かりません。
指定した場所に行くと、ウォイスさんは腕を組んで待っていました。待ちくたびれた様子で周りを見回し、私の姿を見つけると歩み寄ってきました。
「お前の見まいは一体何時間かかるんだ。少なくとも三時間は待ったぞ。」
「そんなに私に言いたい用事だったのですか。でしたらお昼に伝書兎を寄越さないで自分でいらしてくださればよろしかったのに。」
「あぁ、ラヌメットの事か、昼は少し野暮用があってな、机から離れられなかった。」
「そうですか。では、その大切な用事とは何なのでしょうか。」
「おまえは総合分野の教師ながら、魔法薬学が突飛して得意だそうだな。」
「だから何ですか。」
「聞いても良いか?不死の薬を解毒する薬はあるのか?」
「はい?」
突如聞かれた。危険な要素たっぷりの言葉に驚いて、不本意ながら聞き返してしまいました。
「何故、そのようなものが必要なのでしょうか。それよりも、永遠の魔導士と呼ばれしあなた様が知らないものもあるのですね。」
「お前のその皮肉たっぷりは口調はどうにかならないのか。」
「先に質問に答えるべきは貴方です。何故でしょうか。」
「特に無い。ふと思ってみただけだ。」
「そうですか、頼む人は皆、理由があるからそれを聞こうとするのです。貴方のように、理由が無い人程おかしな人は居ません。しかしそれもまた理由の一つなのです。それで、私は元からこう言う口ですので別に意識してる訳ではないのです。」
「そうか、ではあると言えばあるのか。」
「えぇありますよ。ですが、その書物の在処は分かりません。図書館内にはあるかと思われますが、禁書のフロアの最深部に入れられてるとも言われてますし、封印されてるとも言われてます。」
この図書館内にはいくつかのフロアがあります。
まずは一階が魔法(初等部向け)や娯楽などの本。二階には中高等部向けの本と、ずっと奥に禁書(持ち出し禁止の本)があります。もちろん、この階のは読む事に差し支えが無いものです。
三階からは限られた人物。王宮の者、宮廷魔導士などのみが出入りできるフロアです。
内容は、こちらも禁書(王宮の者のみが覚える事が可能な特別な魔術など)が入ってます。確か、黒魔法の記述の本も五棚程度ありましたかね・・・。
最上階となっている四階には、私が言った通りアファレイドで法的に禁止されている魔法魔術書の保管庫となっています。
そして、その最深部というのが私のカウンターの所から行けるいわゆる秘密の花園なのです。私はそこの鍵を預かってはいますが、まだ行った事はありません。非常時以外そんな事許されませんしね。
「まぁ、名前はちらっと本で読んだ事はありますね。ただ、作成の仕方は不明でしたけど。」
「そうか。」
「もしかして、何かする気でしたか?あれはこの国で禁止されている薬生成法でもあります。不老不死の薬が高等部で見る事ができるのは異様ですがね。」
「別に何かする気はない。ただ、この国にもあるのかと思ってな。」
「まぁ、その本自体は昔あったと言われるレヴィアーデンのふるい本だそうですが。」
そう言ったい彼に目を向けると、彼は目を見開いた。
「そうか、今日は夜分遅くに呼び出してすまなかったな。」
「いえ、まぁ本当はこの時間なら夕食を食べていた頃なのでしたがね。あと、ラヌメットさんに言っておいてください。」
「なにをだ?」
「期限切れの王子へ貸し出した本を、早く返してください。と」
そう言って私は、彼の答えを聞かずにその場を立ち去りました。せっかくですから明日は久しぶりに教壇に立ってみましょうかね。
翌日、私は久しぶりに一日中学校に居ました。いつも静かな図書館と違って賑やかでしたが、授業も真剣に聴いてくれたので良かったです。
あれから数年が経ちました。
ラヌメットさんは、見事卒業試験に合格し、証書を私に見せにきました。やはり体は他の皆より小さいのですが私にはそれが、昔の私に見えました。
その数日前に、王子のラネリウス様が王へと即位したのでした。これを機に、ウォイスはこの教師を辞めて、宮廷魔導士一本で行くつもりらしい。それと、ラヌメットを宮廷魔導士へと育てるために弟子にするのだとか。
せっかくなので、私もこれを機に教壇に立とうかと思い、年度最初の職員会議で図書の管理をやめる事を職員全員に言いました。
その次の日の夕方でしたかね。
リーヤさんが亡くなりましたのは・・・・・
突然の事で、私も驚いてしまいました。私が駆けつけた時はもうすっかり冷たくなっていましてね。声を掛けても、体を揺すっても彼女は目を覚ます事は無かったのです。
仕方が無い事ではありましたが、悲しかったのです。いきものを生き返らせる事はこの世の中でもタブーでありました。
その数年後には、王様と王妃様の間にお姫様が誕生しました。
当時は皆がそれを祝福しました。我が校もその間はお姫様の話題で持ち切りでしたからね。
そして、その数年後、お姫様が亡くなった時にも皆が悲しみました。数年後、王妃様の死と引き換えに、跡継ぎとなられる王子様がお生まれになられました。そして、その時期になって、ラヌメット様が私の元を尋ねて来ました。
「もう、図書館にいなかった時はびっくりしましたよ」
そう言って手に持っていた紙を私に見せて来ました。
「此れは・・・・」
「見ての通り、宮廷魔導士の証明書です!!これで、四階に上がれるようになります!!」
「そうではありません。貴方の胸ポケットに入ってらっしゃるその写真です。ついに貴方にも愛人ができましたか?」
「ちがうよ。やっぱり先生は証書なんか目にも入らないんですね。卒業した時もそうでしたもの。」
そう言って笑う。私が顔をしかめると、彼はハッとして胸ポケットからその写真を取り出した。
「これは・・・・?」
その写真には、小さな男の子が映り込んでいた。
「これが王子様です」
「この方が・・・ですか?」
「はい、目に入れても痛くないとはこまさにこの事ですよウォイス様とかもうメロメロで、この前なんか『どうだ王子は』とか、聞いてきたんですよ」
ご丁寧にも、ウォイスの声を真似していう。
「そうですか、良かったですね。」
「・・・・・・・!!」
すると、ウォイスから声がかかり、彼は一礼して駈けてゆく。
こんなに嬉しい物でしたかね、教え子の成長というのは、そんな事をふと思いつつ、下がった眼鏡を押し上げて次のページをめくった。