Lost memories
暗かった。とても暗くて、僕はその中で立ちすくんでいた。
あの人たちはどうなったのか僕にはわからない、今のこの状況すら僕には飲み込めないままで。
確かあの時僕はあの人に……
『貴様に時間を与えよう。』
得体の知れない何かがぬるりと僕を掠めた。
嗚呼、この感覚は嫌いだ。僕が僕を奪っていく。すべての感覚がその生暖かい何かにまとわりつかれる。視界さえも奪って
『6時間の猶予をあげるよ』
目がさめると暗くて暖かい布団だった。光が見えた。ヒトの温かさが感じられるようなそんな光。
布団をたたむと部屋にあった大きな鏡の前に立った。自分は見覚えのない真っ黒な服を着ていた。
「趣味じゃないな…」
僕はクローゼットから僕のものと思われる服を引っ張り出した。暗い部屋にくるまで着ていたあの白いローブ。これは僕の特注品だった。どうしてこんなものがここにあるのか、今まで僕は何をしていたのか、そもそも僕の師匠や友人はどうなったのか。僕はローブを羽織って外に出た。
「おはようございます。紅月様」
「え」
開けた瞬間出迎えたのは、僕が着ていた服と同じ黒い服を纏った奴らだった。その中で一番に挨拶した女は、僕の服を見た瞬間驚いた。
「紅月様!その服は…」
そのあとも続けようとしたが、食事の支度はできております。と言い奥の方へ消えていった。その後ろにいた人たちも女の後を追って静かに消えていった。
僕はその場に立ちすくんだ。
「あ…かつき?」
この僕が?まってまって、僕が考えてた推理じゃそれは師匠じゃなかったのか?だって最後に見たあの人だってそう言って…でも、さっきの女は確かに言った。
「…………前提が間違っていた?」
そうか、そうだったんだよ。僕は僕に騙されていたんだ。僕は今や王を殺した大罪人なんだ。
僕はアイツに本なんか託してる暇なんてなかったんだ。あれは、あの記憶は…
あれ
あれれれれ
僕は混乱した。考えていたことと置かれている立場、全てが僕の記憶と相違していたからだ。
こうしてはいられない、早く外に出ないと。
僕は食事もそこそこに外へ出る支度をする。
「どこかへ行かれるのですか?」
あの女が僕にコートを渡す
「ちょっと母国を回ってくるよ。奇襲は待ってくれ」
そう言って僕は、立場をわきまえて変装した。
消息不明のあの方に。
「お気をつけて」
その声と同時に僕は、見慣れた街に降り立った。
「懐かしい…」思わず声に出してそう言った。そういえば少し景観が変わった気がする。一体今はいつなのだろうか。
『号外ですよ~!いかがです~!』
新聞社の人が新聞を配っている。せっかくだから一つもらうことにした。
{青乱22年 ×× ×× アファレイド王暗殺事件より本日でちょうど5年になる。王宮は周辺国との協定を結ぶことにより大罪人の捜索に力を入れてきたが、犯人は未だ見つかっていない。これについて王宮は『犯人の裏には大きな組織が絡んでいるのではないかと考えて入るが、未だその尻尾すらつかめていない。国民に申し訳が立たない』とコメントしている。王子は戴冠式の前日に、何者かの奇襲受け、魔導師ウォイス氏が襲撃犯と戦闘になるも取り逃がす。その後、ウォイス氏と王子は跡形もなく消えてしまった。 今は代理で国務大臣であるハルチア=レクイエム氏が政治を行っている。王国が崩れるのではないかと噂が流れる昨今、王宮はこの事件について一層力を入れて取り組まねば、いずれ噂も現実のものとなるだろう}
「五年?」
僕は記事の内容よりも今日。つまり発行日が僕の覚えてる日付よりも先へ進んでいたことに驚いた。僕の体感では数時間ほどだった黒い部屋は実は時の流れが違うのかもしれない。その間にこの国の情勢がどうなったのかはなんとなく把握できた。急な王の交代で、一次的に乱れたのであろう国は、路地裏で寝ている国民たちが物語っていた。
そして師匠が王子を連れ去り消え去ったこと、そこまでは覚えている。襲撃犯は、この僕だ。王子を僕が引き取り、逃げるつもりだったんだ。明け方に部屋の天窓を破り侵入したが、最終的には襲撃に失敗して森に逃げ込んだ。
「あいつ、まだあそこにいるかな」
あいつとは、解読を任せた友人のことである。もはや信じきれない自身の記憶を頼りにとりあえずは約束の場所へ行くことにした。
あと2時間
「君はいつもここにいるね」
「いたら悪いことでもあるのか」
「ううん、そんなことないと思うよ。ここ、お父さんも好きだったところだから」
そう言うとあいつは俺の隣に来てフードを外した。冷たい海風に吹かれてわさわさとくせ毛がなびく。その容姿が、悲しいくらいに似ていて俺は目を逸らした。
「久々に帰ってきたからこっそり抜け出してきたんだ。」
「今日もこない」
「なに?」
あいつは俺のほうをじっと見た。
お前に言えるわけがなかった。俺は俺で行動しなければいけない。
「流星、だ」
「それは夜にならないと流れないよ……あ」
あいつはそう言うと、何かを感じたのか下の方をじっと見つめた。
「綺麗な目だね」
そういって微笑むと帰って行った。俺もその方向を見たが、皆同じ色であいつが誰を刺して行ったのか、まるでわからなかった。
****
あの場所に行った。正確には行こうとした。
僕はあの神社の真下にいる。上にはキミがいた…。静かに鳥居の上に座ってじっとその場を動かない。思い出すな..あの時のこと。
「待っててくれたんだ…」
僕は階段を登る。ゆっくり…今すぐに君の元へ行きたかった。一体どんな話を聞かせてくれるんだい。僕が消えてから君はどうしていたのかな。もしかしてずっと読めなくて文字を教えて欲しいとか思ってるのかもしれないな。そんな感情で魔法で一気に登りたくなるのを堪え、ゆっくりと登った。魔法を使えば気配でばれてしまうから。
『もう時間だよ』
突然僕の前に、僕が立ちはだかった。こいつが僕をずっと閉じ込めてた張本人。
『そんな怖い顔をしないの。さぁ今度こそ、永遠にお別れだよ。君の知識、心、記憶全てをクダサイ』
「い、いやだ」
僕は登ってきた階段をゆっくりと降りる。あいつに背後を取られたら終わる。『チョウダイ』
あいつの目は赤くて、僕を全て取り込んでしまう。
『ネェチョウダイ」
僕はあいつに吸い込まれていく。あの時と同じ光景だ。あいつを残して僕は、僕は……
「ねぇ!!.......」
君が振り向いた。であった頃のように怯えた表情はもうどこにも残ってない。僕は、君とのことを覚えてないんだ。
君の名前はなんだっけ…
記憶がフラッシュアウトする直前、君は僕に向かって何かを叫んだ気がした。
~5年前~
「くそっ!俺が行く!お前は逃げろ!」
満身創痍だった。僕の大切な親友は、ただ一人の僕の味方だった。傷だらけの僕と、傷などどこにも見当たらない君。君がそんなに一生懸命になるなんて思いもしなかった。だからこそ僕は……
僕は王子奪還に失敗し、かつての師匠と戦闘になった。乱闘の末、古めかしい落とし穴で、ようやく振り切って逃げ出したのに
僕は気づけなかった。もう一人、刺客がいたことに
「いいよ、君が逃げるべきだ!狙いは僕なんだ。君が命を落とすことなんてない!」
僕は親友の袖をつかんで物陰に引き戻した。
『抵抗は無駄だ。出てこい』
ヒトならざる嫌な声が聞こえる。無視しなくちゃ
もし君を僕が守れるなら、どんな手が使えるだろうか、師匠を散々いたずらで困らせた。その手の魔法はたくさん覚えているが、実用性は皆無だった。
「俺は、お前を失いたくない」
「わかってる。僕だって君を守りたい..」
考え方が違いすぎた。君は僕のために命を捨てたいと願う。僕はできるなら君とともに逃げたいと願う。
これはきっと、それまで僕らが過ごしてきた世界の違いだ。
でもどちらの願いも叶うなら
「僕は君を守りたい。未来永劫に、もう二度と君が苦しまないように、全てを失わないように」
君はわからなかった。聞き慣れない単語を淡々と喋る僕が、何についてそう述べているのか。
「でも、君がいないのは耐えられない、耐えられないんだ。」
ただ無知で、見た目とは裏腹に純粋で、単純な考えしか持たない君が…僕の一番守りたいものだった。
「俺は、あんたを置いて逃げたらきっと悔やむ。悔やんでも悔やんでも悔やみきれないほどに…。だから俺は、たった一人の友達をみすみす見殺しにはしたくない」
普段はあんなに落ち着いてるのに、君は語気を荒げた。
君は泣いていたのかな。僕も目の前がゆがんで何も見えなかった。
「全てを失ってもいい、記憶も立場も、お前すら覚えていなくても構わない。だから…」
君が言いかけた言葉を僕は止めた。
「僕も君と同じことを考えていたよ。……それを聞いて安心した。」
僕は(俺は)君を(お前を)を守りたい。
僕らは糸になる。永遠に解けることのない糸に。
僕は君の手を取って、契約を交わした。
これで僕らは全てを失う。
それが僕らの代償。
この契りは永遠に生き続ける。僕らの血肉となり、記憶となる。
僕は僕らの最高の願いを、最低な形で叶えることとなった。
堕チルトキハ イツデモ イッショダヨ
刺客の前に飛び出したのは、僕だった。
********
「!!」
目がさめるとベッドの上だった。あいつらを追い出した後の記憶が曖昧だが、どうやらベッドに入って寝ていたようだ。
それにしてもあの夢はなんだったのだろうか
頭の中がもやもやしている。まだ調子が上がらないのかもしれない。
俺はもうひと眠りすることにした。
すでに糸は解れ始めていた。